りんごジャム別館

生まれること。産むこと。
そして生きること。
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りんごジャム別館について

このブログはりんご堂治療院の院長によるブログ『りんごジャム』の
もうひとつのブログです。

りんごジャムには、私のとりとめもない日々の想いを綴っていたのですが
長年ブログを書き続ける中で、私自身の経験も自ずと増えてゆき
それに伴い、さまざまな情報も投稿するようになり
まとまりのない、情報の多すぎるブログになっていました。

私は女性鍼灸師で、
女性の体作り、妊婦さんの養生、逆子の治療等のお手伝いを
鍼灸でさせていただく仕事をしております。
私自身、2007年10月に初めての妊娠、出産を経験しました。
その出産は、事態が急変し救急車で搬送され緊急帝王切開による出産でした。

出産以降、自分自身の経験からも
逆子、帝王切開、お産の振り返りなどの情報を
ブログに投稿する機会が増えたため
お産関連の情報は『りんごジャム』とわけ
こちらの『りんごジャム別館』に投稿し情報をまとめようと思います。

そうすることで
情報を求める人にとって、よりわかりやすく、読みやすく
伝える側にとって、より明確に伝えることができるようになればと思っています。

『りんごジャム』の中のすでに投稿しているお産関連の情報は
そのまま残しますが、同時に、重複になりますが同じ投稿を
こちらのブログにも投稿して情報をまとめ
2008年4月以降のお産関連の新しい投稿は
こちらの『りんごジャム別館』にて投稿していきます。

また、今後鍼灸以外で私がかかわるイベントや
ワークショップ、個人的な座談会などのお知らせもします。

これまで生きてきた中での私の経験が
誰かのお役に立てれば、うれしく思います。
どうぞよろしくお願いします。

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私の出産のこと

私の初めての出産は2007年10月14日
大学病院にて、緊急帝王切開でのお産となりました。

鍼灸で女性の、妊婦さんのケアをしていますが
マタニティ鍼灸の研修において、提携先の助産院で
自然な出産を目のあたりにしていたので
私自身もそのゆっくりと進む"家族でのお産"を目指し
地元福岡の助産院で産む予定にしていました。

しかし、予定日になっても陣痛が起きず
不安を抱えながら予定日超過すること2週間。
ようやく陣痛がおき、助産院にいったものの
その時点で、胎児の心音を図るモニターが表した波形は
赤ちゃんの心音がガクッと落ち、危険が生じていることを表していました。

その結果、すぐさま救急車で緊急搬送され
大学病院での緊急帝王切開でのお産となりました。

この出産経験で、時間の流れとともに、本当にいろいろな想いが
私の中におこり、ぐるぐると想いがめぐり続けました。

そんな私の出産前後の日々を振り返って投稿した記録があります。
以下、参考までに投稿します。

------
・予定日超過

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緊急帝王切開と麻酔2

前回「緊急帝王切開と麻酔」に引き続き、手術後の麻酔のきれのことを。

手術が終わり、寝たままベットごと私は病室へ運ばれた。

私の帝王切開、出産は午前7時すぎだった。
かなり疲れていたし、おなかの傷のこともあるし
ほとんど体を動かすことができずにいた。
赤子を見て、相方と少し話しをした以外はほぼずっと寝ていた。

時間の感覚もわからないくらい、じっと横になっていると
次の日になっていた。
朝から看護師さんたちが検温などに来る。

そのとき、体を起こそうとしてあることに気がついた。
『ん?まだ足動かないぞ?』
体を起こしても、おなかは痛いし、力が入らない。
だからまだ足が動かしにくいのかな?という気もしたが
明らかに足の感覚が鈍い。というかほとんど感じない。

私『あの〜まだ麻酔って切れないんですか?足動かないんですけど』
看護師『そうですか?術後も少しずつ鎮痛剤を投与していましたし
麻酔が効いているんでしょうね。じきに切れますよ。』

軽い口調で返事を受け
ああ、そうなのか。じゃ、もうすぐ感覚が戻るのね。
と、ちょっと安心しながらも
脊椎麻酔で、神経を損傷して麻痺とか出たらどうしよう!という不安を内心抱いていた。

というのも、本当に予期せず緊急帝王切開になった直後だったので
『人生何があるかなんてわからない』と身を持って体験したため
まさかねぇ〜と思いつつ、麻酔で麻痺が出たりするかもということも
ありえない話ではない、人生何があるかわからない!とおびえていたのだ。
何しろ同意書もそういう事項があることを書かれていたのだから。

それからお昼になり、再び看護師さんがやってきた。
看護師『足の感覚どうですか?戻りました?』
私『いえ・・・。まだ戻ってません。感覚ないです。』

看護師『・・・・そうですか。ちょっと念のため麻酔科の先生に確認してもらいましょうね。呼んできますから。』

そういわれて私は、
えっ!先生の登場!やっぱりちょっとおかしいんだ!
本気で麻痺か!?

かなり恐怖心が増す。
必死で足を動かそうとするが動かない。特に左足。

そうして麻酔科の先生が登場。
手術前と同じように冷たいガーゼで皮膚を触り感覚を確認。
だが私は冷たさを何も感じない。

医師『足、動かしにくいですか。
ちょっと膝を立ててもらっていいですか?』

私『無理です。動かせません』

医師『では私が膝を立てるので、私が手を離した後
そのままの姿勢を保持してください』

そうして先生が私の両膝を立てる。
そして、手を離す。
先生の手の支えがなくなると私の膝は無力にガクッと横倒れになった。

医師がつぶやく『保持不能・・・』

このときはマジで怖かった!
ガクッと無力に倒れる自分の膝!
力を入れようと思っても、思い通りに動かない自分の膝。

『大丈夫ですかね〜』
『いや〜これくらいが普通ですよ〜すぐ戻りますよ〜』
そういう感じの会話を期待していたのに
なんか深刻っぽいぞ。私はかなり恐怖でいっぱいだった。
『保持不能』なんて単語で言われるとかなり深刻感が増す。


私『先生、大丈夫ですよね〜』
大丈夫ですよ、と返事してほしくて問いかける。

医師『経過を観察してみないとなんともいえません』

さすが医師。
安易な励ましは言わない。

医師が去った後、看護師さんにも尋ねてみる。
私『大丈夫ですよね〜』
もちろん、『大丈夫ですよ』といってほしくて尋ねてみる。

看護師『ね〜心配ですよね〜』
幾分柔らかい口調だが、大丈夫とは言わない。

病室に一人残され、かなり怖かった。
普通の出産を夢見ていたが
緊急帝王切開、そしてそれをきっかけに麻酔で下半身麻痺!
子育ても大変で、家族にも迷惑になる。
そんなことを考えていた。

そして、もし麻痺だとしても、まだ若いし
一刻も早くリハビリ開始だ!
そう思いながら、必死で足を動かそうとする。
とはいえおなかも痛いしほとんど体を動かせない。
必死で少しでも動かそうとする。

ああ、こんなことなら針をもってきて置けばよかった。
早い段階でのリハビリ、針を打つこと効果的なのに!
そして針灸の師匠を始め、何人もの仲間の鍼灸師の顔が浮かぶ。
誰かに針を打ってもらおうかと。

そんな感じでどきどきな時間をすごし続けた。
この後1時間ほどして、次第に麻酔が切れ始め
足の感覚が戻ってきて、結果的にちゃんと麻酔は切れた。

だけど本当に怖かった。
何があるかわからない!という気持ちになっていただけに
本当に下半身麻痺を想定してしまった。
特に膝がガクッと倒れた瞬間の感覚は忘れられない。

結果的には、帝王切開のとき私は麻酔の効きが少し悪かったらしく
ちょっと多めに投与されたらしい。
それがゆえに麻酔の切れも時間がかかったのかな?ということだ。

ああ、本当に怖かった。
無事で本当によかったです。
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緊急帝王切開と麻酔

今回は、緊急帝王切開をしたときの麻酔のこと。

超緊急、一刻の猶予も許さない!というときは全身麻酔だが、
基本的には帝王切開は下半身麻酔で行われる。
赤ちゃんの誕生の瞬間を見届けられるから。

私の場合も、緊急帝王切開とはいえ
すぐに母子、特に子が死に至る状況ではなかったのだろう
下半身麻酔で行われた。

麻酔は腰椎(腰部分の背骨)に注射をされる。
そのためには、十分な注射部位を確保するため
横向きになって、背中をエビのようにしっかりと丸めて注射をされるのだが

妊婦だし・・・陣痛来てるし・・状況的にも慌ててるし・・・

『はい、横になってもらえますか・・』って言われても!
看護師さんたちに支えられながら横向きにされる。
痛がっていても割りとしっかり(荒く)扱われるのね・・・

デモ!ちょっと待って!陣痛中は動くのも無理!
『ちょ、ちょっと今陣痛が・・・待ってもらえますか・・・』
そんな感じで、陣痛の合間を見計らってどうにか麻酔を行った。
でも、怖いよね。脊椎に麻酔だよ。

それもあわただしい状況。
万が一神経を傷つけ麻痺でも残ったら・・・・
そういう恐怖心がどこかに浮かんでくる。

注射の後は麻酔の効きを確認されるのだが
たぶん、ガーゼか綿花を濡らしたもので下半身の皮膚を触り
「冷たさ感じますか?」と、感覚を聞かれる。

けれど、かなり興奮状態、恐怖心もあるので
触られると、冷たく感じるような気もするし
そうでないような気もするし・・・
よくわからなくなったりする。
これは私だけではなく、一般的にあることらしい。

「麻酔が効いてると思ってて、もしこれで効いてなくて
お腹切られて痛い〜!とかなったら嫌よね。シャレならんよね・・。」とか思いつつ。

それでもしばらくすると確実に麻酔が効いてくる。
すごいよね。麻酔って。効いてしまうと本当に無痛。
あれほどの陣痛も遠のく。
無痛分娩ってはじめからこういう感じかな、と思ったりしていた。

でも、痛みが消えたとはいえ実際の陣痛が止まったわけではなく
わが子は陣痛のたびに心拍が低下しているのかと思うと
早く救ってほしいという思いがいっそう強まった。

こうして手術は行われた。
-----

手術中は、意識がある。
手術開始時に医師が「よろしくお願いします」という。
よくテレビなんかで見る感じの挨拶。
あれって、スタッフたちに言っているのだろうと思うのだけど

初めて手術というものを受けた私は
まさに「よろしくお願いします」とは、私が言いたい言葉であり
意識もあることだし、私こそが手術に主体的に参加している!と思い
小さな声でちょっと戸惑いながらも一緒になって
「よろしくお願いします」といった。
これって、手術を受ける患者さんで意識のある人は
皆言っているのかなぁ??

手術中は枕元には麻酔科医が立っていて様子を伺ってくれる。
私からはもちろん手術部位は見えないようになっている。
だから枕元にいる麻酔科医が時折声をかけてくれる。

医師「今、適切に処置が行われていますからね。」
私「はあ」

意識があるというのはなんだか変な感じだった。
ノリノリで会話をする気にもなれず
見えないけれど手術部位の感覚もあり
本当に違和感のある感じだった。
---

麻酔に関する話に戻ると
実は手術前よりも、本当は術後のほうが怖かった。
というのも、麻酔の切れが悪かったのだ。
だから麻酔の注射の際によぎった「麻痺が出るかも」という恐怖心が
かなり強くあり怖かった。

長くなったので次回に。→『帝王切開と麻酔2
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緊急帝王切開と同意書

手術には同意書は必ず必要だ。
私も緊急帝王切開が決まり、手術が開始される前に同意書にサインをした。

これがまた、実はツッコミ入れたくなる要素いっぱいだった。
緊急帝王切開をすることはすでにそれまでの過程で
納得済みのことである。そこに疑念はなかった。
それまではいかに赤ちゃんを助けるかという観点で話はなされ
一刻も早く帝王切開を!という思いだったから。

しかしその後の同意書の説明は、帝王切開に恐怖を抱かせる。
緊急手術なわけだから、ゆっくり説明がなされるわけでなく
まさに事務的な段取り、という感じで同意書片手に医師に説明された。

その内容の恐ろしいこと!
主に麻酔、臓器損傷、合併症、出血、輸血等々に関して
私の足元で、相方を相手に医師が説明をしていたのだが
断片的に聞こえてくる内容は

『まれに麻痺が残る・・・臓器を傷つけ・・重篤な状態に・・・』

ひえぇええ〜〜って
当然のことだが手術である以上
赤ちゃんを救うための帝王切開でも、危険なことが起こりうる。
分娩が一気に手術モードになった。
『同意されたらサインを』といわれても
せざるをえんし、同意って言うか、同意もなにも
強制了承って感じや〜ん!

言葉は悪いが、半ば脅迫状のようにも思えるくらい!
だからといって反対する理由がなく・・

そうして医師は、相方だけでなく
寝ている私にペンを差し出し、サインを要求。
いやいや、陣痛で痛いしペン握る気力もないんだけど
ちょっと待ってくれよ〜と思いつつ
はいはい、ここにサインしてね、という感じでペンを渡されサイン。

後で同意書を見ると、恐ろしい内容
ああ、こんなことまで同意してたのね(笑)という内容とともに
私の力ないヘロヘロ文字のサインが残っていました。
-----

手術には同意書は必ず必要だ。

医師は現時点での最善を尽くしますよ。
でも医学はまだまだ未発達で完全ではなく日進月歩であり
医師もまたヒトという不完全な生き物である。
そして患者も、人体というものそのものが奥深い上に、個体差もある。
だから最善を尽くすけれど万が一のことがありますよ
それをわかってくださいね。

そういう内容を、具体的なこと(解剖や生理や病理)により
説明されることが同意書の本来の目的だと思う。

とはいえ、これだけ医療訴訟の増える社会において
訴訟対策として、今は免罪符的になっているのも否めないだろう。

とくに、緊急時においてそれを求められると
まさに、『何かあったときの訴訟対策だな』とすら思ってしまう。
同意も何も!反論どころか、まともに思考すらできず
質問すらできないのだから。

同意書の趣旨はわかる。
だから緊急時は『同意書』というより
『確認書』とか『了承書』とか『受諾書』とか
名前変更してくれるといいのにと思う。
それによって何が変わるかというわけではないけれど
あの状況で同意書といわれると
思わずツッコミたくなるのだよ。
---

そしてもっと言うならば、この状況は医師が悪いわけではない。

緊急事態は誰にでも発生しうる。
結果論として少ないだけで。
そもそもお産は病気ではないけれど
いつでも異常事態に変わりうる。
刻一刻と正常から異常に向かっている局面かもしれない。
それが命を生むという行為なのだと思う。
まさに命をかけた行為。

お産と緊急事態。
正常と異常。
帝王切開というお産であり、手術である局面。

ただ、通常のお産(経膣分娩)には同意書が要らない。
それはお産が手術を前提にしていないから当然かもしれないが
緊急帝王切開もお産の延長上、それも予定ではないということは
まさに自然なお産の延長にある以上
お産にも分娩同意書なるものがあってもいいのではないかと思う。

『お産は自然なものです。
それが円滑に流れるようサポートするのが医療です。
でもお産とは何が起こるかわからないものです。
そうなると、サポートできる医療はこういうものがあり
それはこういう側面もあるものです・・』といった。

上記のような切り口から
だからこそ何があるかわからない自然のお産に向けて
自分でできる体つくりはしましょうね。
できるだけ医療の助けを借りずに
産めるなら産みましょうね。
そういう啓蒙を妊娠した時点でするほうがよいのでは。

そうすると、妊婦さんも意識が変わるかもしれない。
積極的に自分で『産む』ために取り組み、
医師はそんな自分をサポートしてくれる存在だと。
すると、産婦人科医ももっと働きやすくなるかもしれない。

とにかく、私は緊急帝王切開を前に
ベッドの上でわずか数分、恐ろしい響きだけに聞こえた
同意書を読み上げられサインをした。

あらかじめ、お産になる段階で
緊急時のことを説明されているとしたら
「この同意書って、まさに医師の訴訟対策よね。
私への配慮なんてまったくないわよね」なんて思わず
何よりも同意書の内容で必要以上に
あの場で恐怖を抱かず済んだかもしれない。

お産は本来自然のものという側面
医療によって助けられるという側面
手術であり分娩であるという側面

そういうあいまいで多岐にわたる要素が
分娩同意書がなかったり
形だけの緊急帝切前の同意書だったりすることに
反映されているように思う。

今までの人生で署名した我がサインの中で
最も重く、けれども最もたやすく適当な字で書いた
かつてないサインだった。
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私の帝王切開

私は平成19年10月に緊急帝王切開にて初めての子を出産した。(>>緊急帝王切開)

助産院で産む予定だったが、陣痛の最中に胎児の心音が落ちたため
救急車で緊急搬送され九州大学病院での出産となった。

病院に運ばれるまでの間は、かなりの動揺と不安でいっぱいだった。
ただただ、赤ちゃんの命を想い、死なないで!生きて!と叫び続けていた。

無事に受け入れ先が確保され、九大の処置室についてからは
産科医の言葉、周囲の状況、自分の体の状況から
幾分落ち着きを、冷静さを取り戻した。
特に、執刀医である産科医の言葉が私を落ち着かせてくれた。(>>産科医の言葉)

帝王切開での出産が決まってから、手術の手配がなされるまで
私は手術のことについていくつか確認、質問をした。

-----
執刀医は二人いて、帝王切開が決まってから
それまで話をしていたベテラン(?)医師はなにやら事務作業をし
そばにいた別の若い方の医師と会話をした。

私『帝王切開ですが、(お腹は)どう切りますか?
縦切りですか?横切りですか?』
医師『縦切りですね』

彼(相方)『横切りにしてもらえませんか?』

医師『横ですか・・。通常緊急のときは縦切りなんですけどね。』

私『次また妊娠することができれば、次の出産は
できればVBAC(=ブイバック。帝王切開経験者が経膣分娩をすること)をしたいのですが
それが可能な処置をお願いします。』

そのとき、当初から話をしていた方の執刀医が横から言った。
『VBACなんて簡単にできないよ。うち(九大)でもそんなにしないよ。』と。
それから続けて言われた。
『あなたどうしてVBACなんて言葉を知ってるの?』と。

私『実は私、鍼灸師でして、仕事で妊婦さんたちを診させていただいている以上
一応、産科領域のことも一通りのことは勉強しているのです・・。』

そうしているうちに、手術に当たっての説明および
同意書へのサインなどがあわただしく行われる中
準備が整い手術室へ運ばれた。

医師は明確にはどのような手術を行うのか言われず
そのまま手術室へ運ばれた。
私もやはり一般人の抱くイメージというか、あんまり色々言って
『こいつ素人のくせに、注文つけやがって』とか内心思われて(笑)
医師の機嫌を損ね、適当な処置をされてはこまると思い
実はあまり意見を言えなかったのだけど
(やっぱりそういうこと、考えてしまいません?)

相方のほうが、色々と『お願いします。どうか・・』と最後まで
お願いをしてくれていた。

------
手術が終わったとき、ベテラン医師が言った。
『お腹は横に切りましたから。
埋没法と言って溶ける糸で中で縫っていますから
抜糸の必要もありませんし、きれいに丁寧に縫っています。

また次回VBACできるようなしっかりとした縫い方をしましたが
術前にも言ったように、縫い方とは別に
この時代、VBACを受け入れてくれる病院があるかどうかはまた別問題ですよ。』

相変わらず適切に、そして患者を想っての発言をしてくれる
この医師の態度には、私はかなり信頼と好意を持っていた。
----

産後4ヵ月半たった今、傷は基本的に痛むことはなく
時期相当の順調な回復をしていると思う。
(それほど多くの切開痕を見たことがあるわけではないので
比較しようがないですが・・)

手術の様式事態に関しては、私はかなり満足している。
というよりも、緊急での帝王切開という流れの中
これほど納得のいく処置をしてくださったことに
とても感謝している。

そしてまた、予期せず自分に起きた帝王切開だったが
あらかじめ色々な知識を得ていたことに、本当によかったと思う。

とはいえ、一般的に『手術』ということに対しての恐怖心は
人並みにありました。手術ということそのものに対する恐怖も
たとえば同意書とか、麻酔とかに関することでも。
ちょっと帝王切開情報から横道にずれますが
次回そのこと書いてみます。

帝王切開と同意書
帝王切開と麻酔
帝王切開と麻酔2
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逆子と帝王切開情報

今日、友人から連絡があった。
『今日の健診で逆子が戻ってたよ!これもお灸のおかげ!ありがとう』と。

この友人、2人目の妊娠で、前回の出産は
逆子の早期破水で緊急帝王切開だった。(→そのときのブログ)
今回も予定帝王切開だが、だからといって逆子のままでいいというわけではなく
早期破水の可能性、何よりも前回と同様に破水をしたら・・・という
友人本人の不安感を考えると逆子が戻ってくれるほうがよい。

彼女の前の出産で、私は何もしてあげることができなかった。
それは鍼灸師としてだけでなく
友人としても、帝王切開になったことでの心理的なサポートも
何もできなかったと思う。

その彼女の出産の約1年後に私も出産をした。
同じく緊急帝王切開で。 (→緊急帝王切開)
その間に得た産科領域の知識
なによりも身をもって体験した帝王切開
そして産後により詳しく情報収集、学習して得た知識
以前の私よりは確実に帝王切開についての知識は増えた。

そのことを通して感じるが
帝王切開に関してはあまりにも情報が少ない。
当然、全出産に対しての比率は(地域、施設により差はあれど)
10〜15%ほどといわれるので、実体験を基にした情報も少ないことはわかる。

でも、それにしてもあまりにも少ないし
帝王切開の様式等を術前にもっと知っていたらよかったのに、と
帝王切開で出産した女性からの声もよく聞く。

色々な意味で、帝王切開という出産の経験が
心身に影響することは多い。
事前に情報を得ていることで、それが少なからず回避できることも
あると思われる。

帝王切開は、基本的に病気や怪我に対する手術ではないとはいえ
その創部は小さくはない。
自分の体を切るということに対し
たくさんの情報をもっと得ることができてもいいのではないかと思う。
特にいまや、情報開示、インフォームドコンセントの時代なのだから。

もちろんもっとも大切なことは命。
生まれてくる赤ちゃんの命である。
だからといって、自分の体がどうでもいいということではなく
生まれてくる命のためにも
また次の命を授かるとしたら、未来の命のためにも
母体の心身が健康であることは必要だ。

私は逆子の治療を請け負っている以上
帝王切開となりうる妊婦さん、いいかえると
帝王切開を自分の事として切実に考える妊婦さんと接することが多い。

だからこそ、逆子が戻る妊婦さんだけでなく
戻らない妊婦さんへのフォローとしても
私が知りうる、身をもって体験した帝王切開の情報を書いていこうと思う。

そしてもちろん逆子のように予定帝王切開だけでなく
結果的な数は少ないとはいえ、妊娠した全ての妊婦に
緊急帝王切開の可能性があるのだから
帝王切開について知っておくことは有意義だと思う。
それこそ、予期せず緊急帝王切開になったときのほうが
予想だにしていなかっただけにその後の動揺も大きいことは否定できない。

だからこそ、帝王切開なんて怖い!と目を背けず
情報を最低限でも知っておくことは有益なはず。

ということで、まずは私の帝王切開の詳細を次回から書きますね〜。
→『私の帝王切開
逆子 | permalink | comments(0) | trackbacks(0)

逆子と帝王切開

最近毎日のように逆子ちゃんの治療をしている。
逆子の治療は、条件さえ整えば
くるっとよく回ってくれる。
頭を下に向けられなかった要因さえ取り除けば
回るべくして回るのだ。

けれど、もちろん回らない逆子ちゃんもいる。
逆子のまま妊娠週数が進めば
その先は帝王切開での分娩が待っている。

私の妊娠では健診時に逆子と指摘されることはなかったが
結果的に緊急帝王切開での出産となった。
だから、帝王切開のことは身をもって語ることができる。

逆子の治療をする以上、100%治療結果を出せるわけではないので
逆子の先にある帝王切開のことも、このブログでお話しようと思う。

もちろん、誰でも『怖い!』印象があると思う。
けれど、何も怖がらせたくて帝王切開のことを書くわけではない。

逆子が戻る!と良いことばかりを言うのではなく
逆子患者さんを受けるということは
最終的に逆子のまま帝王切開をする人が身近にいるということにもなる。
そういった方々へ何らかの情報提供になれば、という思いがある。
治療を承った者として、逆子が戻らなかった方へも
責任持ってケアをしていきたい。

それと、帝王切開後のケアについても。
私自身、帝王切開後にお腹がひどく痛むことがあり
鍼灸でかなり改善された。
そのことも、ケアの参考になればと思う。

というわけで、少しずつ帝王切開のことを書いていきたいと思います。


逆子 | permalink | comments(0) | trackbacks(0)

内面との戦い

正直な話
これまで私は
どんな出産だろうと幸せだと思っていた。
この時代に結婚し、子を持つことができる
もうそれだけでも十分幸せなことではないか、と。

だからたとえどんな出産であれ幸せだろうと。
腹を切ろうがどうしようが。
そんな風に思っていた。

けれど実際に自分が緊急事態を経験し
腹を切り、子を産んだ結果、出産直後に
あんなにも様々な思いにとらわれ続けることになろうとは
思ってもいなかった。
子を持ったことでそれまでの人生にはなかった葛藤が生じた。
『自分が子供を苦しませてしまったかもしれない』と。
もし出産がなければ苦しまずにいたであろうに。
命とかかわる瞬間は言葉で言うほど簡単なものではない。

やはり結局は自分との戦いなのだと思う。
人は自分への問いを続けながら生きていくのだろうと。
その内容は人によって違うだろうし
同じ人でも状況や環境や年齢によって変化するのだろうけれど

結局は自問自答を続け
自分の生きる意味だったり納得だったり
言うなれば『自分とは何ぞや』みたいな問いを投げかけつつ
内面と向き合い進んでいくのだろうと。

だから、何かがあるから幸せ、ないから不幸せということはなく
きっとずっと自分と向き合いながら生きていくのだろう。

ただ1つ、子を持って思うのは
自分が抱くどうしようもない答えのない不安やもやもやは
子供の顔を見ることにより、ひと時不安を消してくれる。
それだけは今の時点では言えるような気がする。

人はどこまでいっても独り。
だから他者の存在に温かさを感じられるのだろう。
私のお産ふり返り | permalink | comments(0) | trackbacks(0)

頑張るということ

『よくがんばったね』

産後、かけていただいた言葉で思わず涙がこぼれ落ちた言葉。
『よくがんばったね。』

その言葉をいただいたとき
無意識にはらはらと涙がこぼれ落ちた。
そんな自分の涙に、そのとき初めて

『ああ、私がんばったんだ。つらかったんだ。』と思った。

私は出産の一瞬、一瞬に必死だったので
がんばろうと思ってがんばったつもりはまったくない。
けれど『がんばったね』という言葉は、私の涙を誘った。

出産は頑張ったつもりがなくても、誰もが頑張っている。
どのような出産でもみなが。
妊娠することから出産することまでの間たくさん頑張っている。
だからぜひ、出産後の女性には声をかけてあげてほしい。
『よくがんばったね』と。

---
思えば、『がんばってね』という言葉をかけることは多いかもしれない。
そして、人から言われずとも
この国は頑張ることが美徳される国でもあるので
追い詰めるほどにがんばってしまう人は多いのではないだろうか。

さまざまな局面でがんばっている人は多い。
人に見えないところで戦っている人は多い。

『がんばれ』ではなく『がんばったね』
この言葉をもっとかけてあげることを自然にできたら
きっと救われる人は多いかもしれない。

自分で自分を追い詰めている人は多いから。
やさしさやいたわりを自然に放つことのできる人に
なれたらいいなと私も思う。
私のお産ふり返り | permalink | comments(0) | trackbacks(0)